6環境・SDGs研究
自然環境と共生する海女さんの漁法
- 8 働きがいも経済成長も
- 14 海の豊かさを守ろう
〈人文学部〉吉村 真衣 (講師、伊勢志摩サテライト海女研究センター担当教員)
日本で数千年にわたり受け継がれてきた海女漁。鳥羽志摩地域には平成29年時点で660人と、日本で最多の海女さんがいます。
戦後農林水産業において近代化が推進されてきたなか、海女さんはあえて伝統的な漁具・漁法を守るなど、資源保護のために地域ぐるみで近代化の波と向き合ってきました。
いまSDGsの観点からも世界的な注目を集める、海女漁のありかたを紹介します。
海女漁では素潜り、つまり酸素ボンベを使用せず息を止めた状態で海に潜ります。海底でアワビなどの獲物を探し、鉄でできたヘラ状の道具である「イソノミ」で岩から獲物を剥がして採捕します。海女さんは50〜60秒ほど息を止めます。皆さんの中には「1分くらいなら息を止められる」という方も少なくないと思いますが、海女さんはその間に海底に潜り、獲物を探し、身を守ろうとする獲物と駆け引きをしながら採捕し、ふたたび海面へ浮上するという動きをするため、身体的、精神的に大きく負荷がかかります。判断を誤ると事故の可能性があるため、つねに命の危険と隣り合わせの漁です。
酸素ボンベを使用しない理由について、海女さんたちはいつも「資源を採りすぎないために」と答えます。主な獲物であるアワビ、サザエ、ナマコなどの根付資源は移動が少ないため、ひとつの場所で採りすぎると絶えてしまいます。そのため地域ぐるみで厳しい資源管理がされてきました。
代表的な規制のひとつが装備に関するものです。現在の海女さんはウエットスーツを着用し、上述したイソノミや、獲物を入れる袋である「スカリ」など簡素な道具を携えて出漁します。鳥羽志摩地域では,ウエットスーツが1960年代から導入されました。それまでは白い木綿の磯着で、薄手の生地だっため水中で寒さを感じやすく「夏でも海底が寒くて体が震え、泣くこともあった」そうです。寒いため長時間漁ができず、結果的に資源管理につながっていたと解釈する地元住民もいます。ウエットスーツによって海水温による負担が軽減されましたが、その分獲物を採りすぎてしまうのではないかという懸念が生まれ、地域ごとに「ウエットスーツは1世帯に1着まで」や「漁は1日1時間半まで」など、装備や出漁時間にかかわる制限が設けられていきました。
出漁時間だけでなく、出漁時期や漁獲対象にも制限があります。三重県漁業調整規則では、10.6センチメートル以下のアワビは採捕禁止で、9月15日から12月31日までは出漁禁止とされています。前者は産卵前の若いアワビの採捕を避けるため、後者は産卵時期を避けるためです。海女さんはこれらの規則を厳重に遵守します。たとえば「スンボウ」と呼ばれる物差しのような道具を携帯し、アワビのサイズをいつでも測れるようにしています。また、海上や市場などで常に相互に監視し、ルール違反がないよう配慮しています。
資源管理の意識は、何気ない行為からも垣間見えます。海女さんは身を守るためにも、資源管理のためにも「無理をしない」潜り方を心がけています。「アワビを見つけても、自分の息が十分に残っていなければ深追いしない」「また来年会おうね、という気持ちでアワビと別れる」という語りをしばしば聞きます。
海を単なる仕事場、水生生物を単なる漁獲対象ととらえるのではなく、ときに畏敬の念を、ときに親しみの気持ちをこめて自然環境と付き合うなかで、数千年にわたって主体的な資源管理を続けてきたのが海女さんです。一方で近年では磯焼けなど、自然環境の変化が目まぐるしく、海女漁の持続可能性にリスクも生じています。今後も鳥羽志摩の漁村を訪れながら、これまでの暮らしのありかたを深く知り、これからの海との向き合い方を考えていくなかで、将来の環境にかかわるヒントを集めていきます。
出漁する海女さん (R3.5.26)
元海女さんに聞き取りをする様子 (R4.5.20)
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