三重大学 環境・SDGs報告書2022

SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS

三重大学演習林の取り組み

  • 4 質の高い教育をみんなに
  • 11 住み続けられるまちづくりを
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 15 陸の豊かさも守ろう
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう

生物資源学研究科紀伊・黒潮生命地域フィールドサイエンスセンター附帯施設演習林
渕上 佑樹(准教授)

1. 三重大学演習林の植生と生物多様性

 三重大学演習林は、三重県のほぼ中央を貫流して伊勢湾に注ぐ一級河川「雲出川」の源流を構成する森林です。江戸時代、藤堂氏が治める津藩の藩有林であったこの区域が明治維新後に国有となり、1949年に三重大学の附属演習林となってからは森林科学に関する研究と学生の森林演習を行うことを目的として、現在に至るまで維持管理されてきました。
 総面積457haの演習林内では、紀伊半島三重県中部の森林植生が保護・保全されており、天然生林と人工林の割合はおよそ6:4(全国の割合と同程度)です。天然生林の大部分がモミ、ツガなどの針葉樹とケヤキ、トチノキ、ミズナラ、ヒメシャラ、ミズメ、ブナ、カエデなどの落葉広葉樹による針広混交林であり、紀伊半島北部の代表的な森林植生となっています。特に、太平洋型のブナとモミ・ツガで構成される天然生林は学術的に貴重であり、生物多様性を保持した重要な森林として保護対象とされています(写真1)。人工林の大部分はスギまたはヒノキの一斉林注1)で、部分的にアカマツ、カラマツ、クヌギの植栽が試みられています。また、一部には1810年植栽の樹齢200年を越えるスギの林分注2)もあります(写真2)。このような環境で多くの動物が生息しており、クマタカ、コノハズク、ヤマネ、ニホンカモシカなどの希少な動物の確認が記録されています。
 このように、多様な樹種によって構成され、豊かな生態系を育み、雲出川源流域の森林として多面的機能を発揮している演習林を保護・保全しながら地域社会や地球環境に貢献するために、近年取り組んでいる事例を紹介します。

写真1 モミ・ツガの天然生林

写真1 モミ・ツガの天然生林

写真2 1810年植栽のスギ人工林

写真2 1810年植栽のスギ人工林

注1)皆伐跡地に一斉に植林して造った、単一の樹種の森林。単層林。
注2)樹木の種類・樹齢・生育状態などがほぼ一様で、隣接する森林とは明らかに区別がつく、ひとまとまりの森林。

2. シカによる下層植生の食害とその対策

 近年、野生鳥獣による森林被害面積は全国的に減少傾向にはあるものの、依然として深刻な状況にあります。このうちシカによる被害が全体の約7割を占めています。被害の内訳は食害による造林木の成長阻害や枯死、木材価値の低下のほか、下層植生の消失等による土壌流出などがあると言われています(出典:令和3年度森林・林業白書)。
 演習林においても下層植生の減少が顕著であり、スギ・ヒノキの人工林の林内は見通しがよいことが多くなっています。間伐遅れなどの管理不足の人工林では、混みあったスギ・ヒノキの枝葉が空を覆い、林内まで光が届かないことが原因で下層植生が減少することがありますが、よく手入れされ森の中まで光が差し込む人工林、あるいは天然林であっても多くのエリアで下層植生が失われています。このようなところにシカ柵(防除ネット)で囲った区画を設けると、区画の内外で植生の生育状況にはっきりとした差が見られました(写真3)。このことから、演習林でのシカの食害による影響が計り知れます(写真4)。
 シカによる食害の影響が確認できるこのような試験区を設け、演習林を実習・演習で訪れる学生が観察することで、日本の森林・林業における野生鳥獣からの被害対策、あるいは野生鳥獣との共存の問題について考えるきっかけとなっています。

写真3 シカ柵の内と外(R3.9.24)

写真3 シカ柵の内と外(R3.9.24)

写真4 演習林で撮影されたニホンジカ(H29.3.18)

写真4 演習林で撮影されたニホンジカ(H29.3.18)

3. 広がる演習林産木材の利用

 演習林には1810年に植栽されたスギの人工林が存在しており、江戸時代、藤堂氏が津藩を治めていたころの植栽だったことから、通称「藤堂スギ」と呼ばれています。この藤堂スギの林分は、長期間に渡って定期的に生長量の計測が行われています。樹齢200年を超えるスギの生長量に関するデータは全国的にも貴重であり、この林分は研究対象として大切に保護されていますが、近年の大型化する気象災害によって毎年数本が枯損し、風倒被害木として伐採しなければならないことが続いています。
 演習林では平成30年度から、藤堂スギの風倒被害木を加工し演習林オリジナルの木製品として販売するプロジェクトを三重県内の企業と共同で立ち上げ、割箸、額縁、フォトフレーム、テーブル、棚板などを開発してきました。また、平成31年度からは演習林のほかのエリアで生産された間伐材を使った製品もこれに加わっています。
 演習林には丸太を加工する本格的な加工機械はないため、加工は全て近隣の製材所や工場に依頼しています(写真5)。生産、加工が三重県内で完結し、木製品の売り上げから生じる経済効果が地域内で循環する仕組みづくりによって、地域への貢献を果たしたいと考えています。
 令和3年度は、大正10年(1921年)に三重大学生物資源学部の前身である三重高等農林学校が設置されてから100年が経つ節目となる年でした。この年に、偶然にも三重大学のOBの方から演習林で歌い継がれていた「演習林節(演習林歌)」の書を寄贈いただいたため、書を飾るための額縁を藤堂スギで作製しました(写真5)。近年は演習林節を聞いたことのない学生も多く、これが先輩方から続く歴史や伝統を知るきっかけとなることを期待します。

写真5 藤堂スギの製材の様子(R3.6.24)

写真5 藤堂スギの製材の様子(R3.6.24)

写真6 演習林節と藤堂スギの額縁(R3.11.9)

写真6 演習林節と藤堂スギの額縁(R3.11.9)

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