3環境・SDGsコミュニケーション
リカレント教育としてのサイレッツ(SciLets)育成事業
- 4 質の高い教育をみんなに
- 9 産業と技術革新の基盤をつくろう
- 17 パートナーシップで目標を達成しよう
1.サイレッツ育成事業概要
「科学的地域環境人材育成事業」は2016年度,三重大学の機能強化経費として文部科学省によって認められ, 2017年度から本格的な運用を開始しました。「科学的地域環境人材」は英語でScientific, Local and Environmental “Talented Staff”ですが,その頭文字をとってSciLets=サイレッツと略しますので,ここでは本事業をサイレッツ育成事業,またその取り組み内容を単にサイレッツと呼ぶことにします。
名称の中の「科学的」とは,「自然科学」や「人文科学」,「社会科学」など,大学で教授されている学問に基づく環境問題の知見や研究成果を取り扱うこと,すなわち高等教育のレベルであることを表しています。また「地域」とは,「地域で考え,グローバルに活動する」,あるいは「グローバルに考え,地域で活動する」考え方における,私たちが住んでいる場所,すなわち「地域」の視点を重視するためのキーワードです。その意味では日本やアメリカなど,国レベルでも「地域」とみなすことができます。
サイレッツは,卒業生を含む社会人と大学学生を対象とした環境人材育成システムですが,社会人も対象とするため,そのような人々の便宜を考えオンラインビデオ講義を主体とした教育体系を採用しています。
それらのビデオ講義は,大学の正規授業と親和性を保つため,1講義は90分とするなど互換性に配慮していますが,学外からアクセスできるようにするため,三重大学Moodleとは別の,しかし互換性を保つために社会人専用のMoodleを構成してLMS(Learning Management System)として利用しています。
また学びの質を保証するため,理解度認定システムとしてアナリストとエキスパートというレベルの認定を行い,認定証書,認定証を発行しています。
2.教育科目と受講方式
サイレッツ育成事業で取り扱う科目は,気候変動問題,環境評価法を始め,自然環境保護,エネルギー,環境配慮技術,環境関連法,環境経済など,環境問題を幅広くカバーしていることを特徴とします。表1にその10の基礎科目分野を示しますが,現在これらの科目分野のもとに,計45のビデオ講義(各90分)が用意されています。その中には,「環境問題を含むSDGsの考え方」を教授する分野もあります。
サイレッツ育成事業におけるこのような広範な科目体系は,この事業における大きな特徴となっています。まず環境問題の範囲を広くとらえ,これらの基礎科目分野の必修科目を修得することにより,全ての環境問題はこれらの要素が相互に関連し合った結果生じていることを理解します。その上で受講者が特に必要と考える,あるいは興味のある選択科目を修得することにより,各自の環境リテラシーを構築していくという考え方です。
10科目の必修科目と4科目の選択科目を修得しアナリストの認定を受けた後も受講登録状態は継続していますので,既に修得した4科目以外の選択科目を必用や興味に応じ受講申請して受講することができます。
表1 10の基礎科目分野
このように,サイレッツではアナリストの認定を受けた後にもさらに環境知識を積み増したり,新たな問題を把握しそれに対処する力を付けることができるため,本育成事業は生涯にわたって広範な人々の環境リテラシーのための学習ハブとして機能を果たすことができます。
従来,大学等高等教育機関が行うオンラインビデオ講義を中心とする受講体制にはこれとは別の講義体系,すなわち①大学で行われている講義体系をそのままオンライン上に持ち込む形式と,②通勤者などへの配慮からかなり細分化されたコンテンツ(10~15分)を集積して構成する体系などがあります。
①の場合は受講者の側にもかなりの覚悟とモチベーションが必要とされますが,これに比較してサイレッツ方式はいつでも,また受講期限を設けずに90分ずつ気軽に受講を開始し,継続することができるメリットがあります。またサイレッツ方式ではその90分も,基本的に45分+45分の各まとまりの範囲で受講時間を設定でき時間的自由度が高いのと同時に,受講者の受講開始に対する気持ちのハードルを引き下げています。
また,サイレッツ方式では必修10科目と選択4科目の合計14科目の受講完了にて一旦マイクロクレジットと位置付けられる「アナリスト」の認定を得ることができ,ここにはっきりした達成目標を設定しています。
さらに各90分のビデオ講義はひとまとまりの領域(地域環境科学の領域)に対応しており,その受講と理解度確認テストの合格により,オンラインでその科目ごとの完了電子バッジ(ナノクレジットと位置付けられます)が発行されることにより,その領域を修得した達成感を得られるように工夫されています。サイレッツ創生期,既存の②のような細分化されたコンテンツの集積も考慮しましたが,一つのコンセプトを伝えるためには最低45分の一つながりの講義が,また領域としての意味・内容を伝えるためには90分の講義が必用であろうとの判断があり,サイレッツの受講方式が決定されました(図1)。
3.リカレント教育としての側面
環境問題など,グローバル・地域を問わず難しい問題が発生し,また社会や技術の高度化に伴う急速な変化による国際的な競争も激化するなか,社会を構成する人々は日々新しい知識を学び,個人の適応・対応力を維持発展させていく必要性が生じています。このような状況下で生涯教育の必要性が顕在化し,世界的にも社会人の学び直し,いわゆるリカレント教育が注目されており,例えば大学の学部を卒業・就職して後,職業上の必要性,あるいは学問上の興味から大学や大学院に再入学して就学を継続する,いわゆるオフ・ザ・ジョブ(キャリアを中断する)型リカレント教育が,大学入学時における社会人枠として用意されています。世界的にはMBA(Master of Business Administration)の開設などもこの流れに沿ったものと考えられます。
一方,キャリアを中断して大学に戻ることにはそれなりの経済的な裏付けや周囲の理解が必要であることが多く,学生側と大学・研究室側のマッチングを含め,かならずしも容易とは限りません。
しかしパリ協定に沿った2050年までのカーボンニュートラル実現など,環境問題の改善は一刻を争う喫緊の課題となっており,すそ野の広い「環境リテラシー醸成」の上に成り立つ脱炭素社会の形成にはすぐにでも取り掛からなければなりません。サイレッツ育成事業では広く卒業生を含む社会人と,大学学生の環境リテラシーの向上を目指す教育を,必ずしもそれを専門としていない多くの人に,利用しやすいオンデマンドビデオ講義方式で効果的に提供することを目指していることは上でも述べました。
この手法は,大学キャンパスの外で行う(アウトリーチともいいます)オン・ザ・ジョブ(各自の専門やキャリアを継続しながら行う)型リカレント教育と位置付けることができます。サイレッツ育成事業の場合,その教材は大学で教えられている高等教育水準の内容であり,さらにビデオ講義では教材作成教員の顔や考え方をうかがい知ることができ,受講者にとって将来的により深く学ぶためのオフ・ザ・ジョブ型(つまり大学に再入学する)リカレント教育への導入部の機能も持ち合わせています。当然,学問を究めるためには大学の研究室レベルでの教育や研究が必要となりますが,受講者フレンドリーなサイレッツ方式の人材育成手法はさらなる専門性への橋渡しともなりうる可能性が確保されています。
サイレッツ育成事業には卒業や修了の概念が無いため,認定証の取得後もメールマガジンや年に数回開催されるセミナーの情報をもとに,環境をめぐる新しい世界情勢や新しく追加された選択科目の情報を得て,永続的に随時新たに選択科目を受講することが可能であり,一定期間に集中的に学習するオフ・ザ・ジョブ型リカレント教育にはない,継続的・永続的オン・ザ・ジョブ型リカレント教育のプラットフォームであると考えることができます。それゆえに社会人等広範な人々を対象とする環境リテラシーの醸成にはこのような受講者フレンドリーな手法が適しているものと考えられます。
そのような人材育成手法が有効なのは環境リテラシーに限りません。データサイエンスの分野にしても,当然専門性の高い教育や研究は大学の学部・学科・研究室においてなされますが,もしもその地域,国の範囲で広く,永続的に当該リテラシーを普及させようとするときには,専門性への連絡も確保されているサイレッツ方式の人材育成手法が考慮されてしかるべきと考えられます。
4.三重大学学生への対応
上記の意味合いから,サイレッツ育成事業では開設当初から,アウトリーチ型リカレント教育の一端を担う方針で全ての仕組み,制度を形成してきた経緯があります。ただしそのような理想に対しいくつか解決すべき課題もあり,限られた事務処理能力や経費による事業の効率的な運営も大きな課題です。
サイレッツ育成事業は,企業・自治体の職員や一般社会人に対しては,大学が開設する「公開講座」としての位置付けで運営されており,国立大学の科目等履修生に準ずる受益者負担をお願いしています。それに対し,三重大学学生は明日の社会人として,大学の正課授業としてではなく課外授業として(学生である期間は)無料で受講することができます。大学が一般社会人を対象に開設している「公開講座」に三重大学学生が外部から参加申し込みをして受講するのと全く同じ考え方で,(一般の社会人と同様に)その場合は受講と理解度確認テストの合格は,大学卒業の単位とは連動しません。
このような方針で三重大学学生を受け入れてきましたが,2020年になってからCOVID-19の影響によるオンライン授業の広がりと共に,正規授業の中でサイレッツのビデオ講義を教材として活用したいという教員側の要請が増えてきました。
そこで三重大学国際環境教育研究センターではサイレッツ育成事業で作成したビデオ教材を,申し出のあった正規授業に対し「サイレッツ援用教材」として活用してもらう手法を三重大学Moodleの上に構築し,その運用を開始しました。その結果「サイレッツ援用教材」を視聴した後にサイレッツの正式な受講申し込みが行われる事例が増え,2020年度末現在で三重大学学生および卒業生(受講登録時は学生)の受講登録者が386名となり,今後も増加が予想されるところとなりました。国際環境教育研究センターではこれらの事態(結果として事務量の増大)に対処すべく,学生を対象とする事務処理の効率化を図ってきましたが,さらに受講受付けおよび選択科目の受講処理を含む学務事務の自動化を進める方針です。このような努力を行うことにより,環境分野における真のアウトリーチ型リカレント教育を,大学生やその卒業生を含む広範な人々を対象に実施することができるようになるものと考えています。
< サイレッツ(SciLets)援用授業について >
(1) サイレッツ育成事業と援用授業
2019年度末より,COVID-19の蔓延による遠隔授業への移行もあり,三重大学教員の中から正規授業の中でサイレッツ育成事業のビデオ教材の利用を求める声が複数上がってきました。そこで急遽科学的地域環境人材育成事業部門でその対応可能性と具体的手法を審議し,学生の環境マインド育成を推進するため,「援用」という形で対応することを決定しました。
「援用」という用語は,サイレッツ育成事業のために作成されたビデオ講義を正規授業で活用するという意味を込めて用いますが,例えばモノづくりの現場で活用されるCAD(Computer Aided Design)システムが,コンピュータ援用設計システムと訳されている事例があります。このようにサイレッツのコンテンツを活用する授業を,サイレッツ育成事業の側から見て「サイレッツ援用授業」と呼ぶことにしました。
(2) 援用授業の具体的な手法
サイレッツ育成事業は,上で述べたように,卒業生を含む社会人と大学学生を対象とした環境人材育成システムであり,主に社会人を対象とするため,三重大学Moodleとは別の社会人Moodle上に構築されています。そのコンテンツを三重大学の正規授業で活用するためには,まず社会人Moodle上に構築されたコースページを三重大学Moodleに移行する必要があります。
またビデオ講義なのでビデオ映像用のストリーミングサーバーが必要となります。社会人サイレッツでは現在CLEVASシステムを利用していますが,同時接続数には上限があり,一部の援用授業で想定される一斉視聴時にその上限を超える懸念が生じます。一方,三重大学には多くの学生の接続を想定したMS-Streamがあるので,援用授業においてはこちらのストリーミングサーバーを使用することにしました。国際環境教育研究センターでは三重大学Moodle上に当該援用授業専用の動画閲覧コースを構成し,その授業の担当教員のホームページから引用してもらう形で援用授業を運営しました。
(3) 実際の運用
サイレッツの援用授業において資料として引用されるビデオ講義の数はそれぞれ数本であることが多く,またそもそもその授業がサイレッツ教材作成教員の授業である場合もあり,必ずしも必修科目を受講してから選択科目を受講するというような,数や順番には規定を設けていません。援用されるビデオ講義はあくまでもその授業の参考資料としての位置付けであり,サイレッツへの登録も仮の「みなし登録」としています。
サイレッツ育成事業は本学学生にとって社会人用の公開講座の位置付けですので,援用授業を受けて「みなし登録」状態となったとしても,その授業が終了した後,正式な受講登録をして頂かなければ本登録にはなりません。これは自らの意思でサイレッツ育成事業の受講登録を行って頂きたいための方策でもあります。
(4) 援用授業の実績
2020年度において正式に行われた援用授業は下記のとおりで受講学生数は合計110名でした。
現代社会理解特殊講義 (前期) 6名
国際理解特殊講義(前期2クラス) 11名
公衆衛生学 (前期) 80名
現代社会理解特殊講義 (後期) 13名
5.サイレッツの長所と今後の方向性
上記のような取り組みにより,日頃忙しい社会人や学生がカーボンニュートラルやSDGsの習得のために,空いた時間に随時ビデオ講義を視聴し,その成果により所定レベル達成の認定を得ることができ,さらにその後も最新の環境情報を取得することができる仕組みとして,徐々に広く社会の認知を得るに至っています。
2020年度には全国レベルの周知活動を始めたため,(三重大学学生・卒業生を除く)社会人の受講申し込みもコンスタントに増加しつつあり,2020年度末(2021年3月31日)現在209名に達しました。
受講登録者は卒業生・学生および社会人合計で595名となりましたが,そのうち107名がアナリストの認定を,また9名がエキスパートの認定を受けています。
また現在,複数の連携パートナーからの集団受講への問い合わせがあり,今後のさらなる受講登録者の増加が期待されます。また本事業は三重大学のみで独占するのではなく,広く国内外の高等教育機関に協働を呼びかけ,カーボンニュートラルを始めとする地域や世界の環境問題の解決・改善に迅速に貢献したいと考えています。通常このようなときに問題となる事務経費について,三重大学の今までの経験とシステムの開発努力により学生に関しては完全自動化を可能とする見通しが立ちましたので,事務経費の面における水平展開のハードルを下げることができたものと考えています。
また従来,オンデマンドビデオ講義などの遠隔授業は,対面授業に比べ簡便ですが一方通行で物足りないとの認識がありました。しかしCOVID-19 の蔓延を契機として遠隔授業の有用性・有効性に関する認識が大幅に高進し,さらに受講者の目の前にインターネットに接続されたコンピュータが常に存在するオンデマンドビデオ講義は,むしろ教育の現場にSociety 5.0 において実現されるAI(人工知能)の導入を強力に推し進めることのできるシステム構成であることが認識されてきました。
このようなことから,サイレッツ育成事業の今後の方針は,選択科目のさらなる充実により環境問題を専門とする人々のみならず,一般の人々に対しても学習モチベーションを継続できるような学習手法を導入することにより,本事業が広範な人々の生涯にわたる環境リテラシーの学習ハブとなることを目指したいと思います。
またこのような方針に理解を得つつ,協働していただける高等教育機関を広く募り,国内外にこの方式を水平展開して行きたいと思います。このような考え方の下,チェンマイ大学の工学部やマレーシアトレンガヌ大学とは国際教材の作成を始め,SciLetsの国際展開に関する話し合いを進めているところです。