三重大学 環境・SDGs報告書2021

SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS

“生態系の機能調節者”菌類

  • 4 質の高い教育をみんなに
  • 15 陸の豊かさも守ろう

〈生物資源学研究科〉白水 貴(准教授)

 “菌類”と聞くと,バイキンや病原菌などを想起し,ネガティブなイメージを持たれる方が少なくないように思います。たしかに,菌類には食品を汚染するものや,作物を病気にするものなど,我々の生活に実害をもたらす類も少なからず存在します。しかし,それ以上に,菌類は我々の生きる陸上生態系で不可欠の機能を果たしている,ということも知っておかなければなりません。

 菌類の生態について見ていく前に,まずはその定義について説明する必要があります。なぜなら,生物を専門に学んでいる人の中でさえも,菌類を生物学的に正しく定義できている人は多くはないからです。ここでお話しする菌類とは,真菌類,つまり真核多細胞生物としての菌類のことです。きのこやかびや酵母と我々が呼んでいるものがこれにあたります。一方,納豆菌などの細菌は細胞内に核を持たない原核生物,いま猛威を振るっているコロナウイルスなどのウイルスは自前の細胞すらない感染性微小構造体です。よく混同されがちな真菌,細菌,ウイルスは,それぞれ生物学的に大きく異なる存在なのです。

 菌類は,他の動植物と比べても高い種多様性を有しているとされ,その推定種数は150万種とも1000万種ともいわれております。ただ多様なだけではなく,菌類は,陸上生態系における寄生者,共生者,分解者として様々な動植物と相互作用ネットワークを構築し,物質循環の要となっています。例えば,寄生者としてのある種の菌類は,周期的に大発生する植食性昆虫に寄生することで,結果的にその個体数を調節しています。陸上植物の約8割の根に共生している菌根菌と呼ばれる菌類は土壌からの無機塩類の供給を通して共生植物の生育をサポートしています。分解者としての菌類の働きは,よく生物学の教科書で取り上げられるほどの定番機能です。陸上生態系における最大級のバイオマスといえば木材ですが,菌類はその主要成分であるリグニンやセルロースといった難分解性高分子を分解することで,生態系の物質循環を下支えしています。陸上生態系におけるこれらの代えがたい働きから,菌類を“生態系の機能調節者”と呼ぶ研究者もいます。

【図1】菌類の多様な生態群.a 昆虫寄生菌.b 外生菌根菌.c 木材腐朽菌.

 しかし,このような生態系における重要な働きを担っているにもかかわらず,菌類の多様性や生き様のほとんどが未知の状態にあります。我々人類が発見し記載した菌類の種数はまだ少なく,全推定種数のうちの1割にも満たないとさえいわれております。我々の生きる生態系を保全していくためにも,まずはそこにかかわる生物の多様性と機能を理解する必要があります。人類がこの地球環境でうまくやっていく未来は,生態系を構成する多種多様な生物の営みを知ることの先にしか存在しえないのではないでしょうか。菌類を指してバイキンと忌み嫌うだけではなく,科学的な視点から興味を向けることも重要です。菌類の未知の多様性や生態の解明は,人類の存続に不可欠な知見をもたらすに違いありません。

参考文献

  • 白水貴.奇妙な菌類――ミクロ世界の生存戦略.NHK出版,2016

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