三重大学 環境・SDGs報告書2021

SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS

優れたワクチンが世界を正常化させる

  • 3 すべての人に健康と福祉を
  • 4 質の高い教育をみんなに
  • 10 人や国の不平等をなくそう
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう

〈大学院医学系研究科〉野阪 哲哉(教授)

 持続可能な開発目標(SDGs)のひとつとして,あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し,福祉を推進する取り組み・環境が重要です。令和2年初頭から続くコロナ禍を解決する最も有効な手段は,新型コロナウイルスに対するワクチン開発です。米国のファイザー社,モデルナ社が開発したmRNAワクチンは予想をはるかに上回る効果を示し,ワクチン接種が進んだ国ではコロナ禍以前の日常が戻りつつあります。

 なぜこれほど短期間に優れたワクチンが開発できたのでしょうか? それは,今回のCOVID-19と類似した疾患であるSARSやMERSの原因ウイルスに対して既に十分な研究の蓄積があったからです。さらに,今回初めて人類に広く実用化されたmRNAワクチンには,ここに至るまでの長年の基礎研究の蓄積と製品化に向けた様々な試行錯誤があり,莫大な開発費用がつぎ込まれていたからです。

 しかし,mRNAワクチンは万能ではありません。現実問題として,開発途上国ではワクチンの冷凍での輸送や保管,大規模接種は容易ではありません。地球規模で考えると,より利便性に優れたワクチンの開発が必要です。また,mRNAワクチンは有効性が素晴らしい反面,副反応が比較的強く,長期的安全性は未知です。ワクチン接種後の死亡数をインフルエンザウイルスワクチンと比較して,接種すべきか,悩んでいる人もおられると思います。今年か来年にはmRNAワクチンよりも副反応が少なく,有効性は遜色ないタンパク質型ワクチンが供給されることも予想されますが,変異型ウイルスに対する対応はmRNAワクチンのように迅速にはできません。後年,コロナ禍を振り返ったとき,mRNAワクチンは緊急措置としての救世主的な扱いを受けることでしょう。ただし,忘れてはいけないのは,今回はSARSとMERSでのワクチン開発の経験が活かされたことが大きく,将来全く未知の病原体が出現した場合の迅速対応に備えて,mRNAワクチンはもちろん,それ以外の先進技術も開発しておくべきでしょう。

 新型コロナウイルスがこれほど人類を悩ませるのは,発症前にも感染性があるからです。エアロゾル感染を完全に防ぐことは困難です。また,mRNAワクチンの筋肉内注射ではウイルスの感染そのものを阻止することはできません。IgAと呼ばれる粘膜から分泌される特別な感染防御抗体の産生を誘導することができないからです。実際,mRNAワクチンによって誘導されるIgGと呼ばれる中和抗体は,全身投与しても上気道の新型コロナウイルスを撃退することはできないことが最近報告されました(1)。この問題を解決するには,鼻から投与する感染防御型のワクチンを開発することが最も理に適っています。

 私たちがベンチャー企業のバイオコモと共同で三重大学において開発した,注射針のいらない経鼻投与型の新型コロナウイルスワクチンは動物実験レベルでは驚くほどの有効性を示し,上気道感染自体を抑えることも可能です(2,下図参照)。遺伝子を改変した安全な風邪のウイルスを基盤としており,自然な形でワクチンを鼻から感染させるので,筋肉内注射に比べて体に対する負担も少なく,安全性が高いことも期待されます。変異型ウイルスに対する迅速な対応も可能です。SDGsを実現するのは確かな科学に裏付けられた革新的技術であり,既成観念に囚われない柔軟な発想と危機管理を怠らない長期的ビジョンなのです。

参考文献

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