6環境研究
海跡湖の森林生態系:その動態の解明と再生に向けて
- 4 質の高い教育をみんなに
- 6 安全な水とトイレを世界中に
- 15 陸の豊かさも守ろう
〈教育学部〉平山 大輔(教授)
三重県の東紀州地域には、大昔に海が陸地に取り残されることによって生まれた海跡湖と呼ばれる湖が点在し、この地域特有の景観をつくり上げています。尾鷲市の須賀利大池(図1, 2)もその一つで、約3,300年~3,500年前に形成された、周囲1.4 kmほどの海跡湖です。この湖は、流出入する河川をもたず、普段は海水の浸入もない、閉鎖的な生態系です。全国的に、道路造成など人間活動による改変を受けた海跡湖が多い中で、須賀利大池は、集水域から海岸線、湖底の津波堆積物までが良好に保存されており、その地形・地質的な重要性から国の天然記念物に指定されています。また、周囲には照葉樹林が広がり、湖岸・水中には希少な湿地性植物や水草が生育するなど、生態学的にも重要な場となっています。
しかし近年、湖岸の様々な樹種で急速な枯死(立ち枯れ)が顕著にみられるようになってきました。須賀利大池では2000年頃から湖水の富栄養化が指摘されるようになっており、樹木の枯死にも湖水が関与している可能性が考えられますが、真相は不明です。
枯死要因を解明し、森林の保全に繋げるためには、この生態系で何が起きているのかを正確に把握しなければなりません。そこで、2016年に、樹木の枯死状況、森林の構造、湖の水質等の観測を開始しました。湖岸の水際と陸側に面積100 m2の森林調査区を6つ設け、調査区内の樹木の種組成、個体サイズ、枯死率等を毎年調査しています。また,湖の水質と水位の変動も調査しています。
これまでの調査から、樹木の枯死には、樹種や個体サイズの偏りがないことが分かってきました。また、枯死率は、陸側では2.8%/yearであり、他の一般的な照葉樹林で報告されている数値の範囲に収まっているのに対し、水際では異常と言えるほど高く、10%/yearを超える状況が続いています。一方で、水質は富栄養の状態にあるものの過去約20年間はほとんど変化しておらず、最近の急速な枯死の要因と考えるには無理があることも明らかとなってきました。
以上のことから、水質そのものではなく、水際の樹木の冠水期間の増加や、シカの食害等により下層植生が衰退したことによって水際の樹木の生育環境が大きく変わったことなど、別の要因で枯死が生じている可能性が考えられますが、その検証のためには、より長期にわたり、注意深くこの森林の調査を続ける必要がありそうです。
一方、このような貴重な生態系を守り、次世代に遺していくためには、その価値や重要性を多くの人に知ってもらい、魅力を共有し、活用に繋げていく取り組みが欠かせません。関係する自治体等と連携し、県民の方々対象の環境学習や講演等の機会を設け、地域の自然環境の価値と魅力の発信にも取り組んでいきたいと考えています。
文献
- Hirayama D, Ito K, Yamamoto K, Fujii S. 2019. Forest dieback proceeds rapidly around the coastal lake Sugari-oike in Owase City, Japan. Journal of Forest Research 24: 391-395.