種の歴史から考える生物多様性の保全

Conservation of biodiversity from the perspective of species history

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〈教養教育院〉福田 知子(講師)

 山道で見慣れない花をみつけたとします。この花は何という名前か,どこに分布していて,どういう経緯でここに咲いていているのか?このように,1つの花から広がる疑問を1つ1つ解き明かしていく手法の1つに,系統地理学があります。

 筆者が愛してやまない「1つの花」が,ユキノシタ科のエゾクロクモソウという花です。エゾクロクモソウは,九州~千島列島中部に分布し,山地の渓流沿いに見られる植物です。円形で縁に三角形の粗い鋸歯がある葉が特徴的で,8~9月に小さな花をたくさん咲かせます。これまでの研究で,エゾクロクモソウは,北半球に広く分布するシベリアイワブキという植物から分化したらしいこと,花色,花序の毛の形質,葉の鋸歯の形や数に変異が見られること,また分布の北限に近い千島中部では遺伝的な構成や染色体数が本州・北海道とは違っていることなどが分かってきました。系統地理学ではこのように1つの種やグループを取り上げて,氷河時代などの過去の気候変動に伴う分布の変遷や,他種との交雑の有無などの来歴,さらに花粉を運んでくれる訪花昆虫との関係などを考えていきます。

 環境問題の中で,筆者に最も身近な問題が生物多様性の保全です。これは筆者の授業のテーマにもなっています。生物多様性とは文字通り,生物が多様であることですが,これがイメージしにくいことがあるようです。そういう時,系統地理学的な見方が役に立ちます。生物多様性をひとまとまりに多様,としてみるのではなく,多様性を構成する種の1つ1つに,それぞれの歴史がある,と考えるわけです。現在,地球上にいる全ての生物は,ほかの生物とかかわりあったり,さまざまな生育環境の変化に適応したりしながら形や分布範囲を変えて生き残ってきた生物だと考えられます。

 生物多様性はなぜ重要なのでしょうか?生態系を形成する要素は多様な方が安定するから,という説があります。私たちが生態系からの恵みを受けるためにも,多様性があった方がいい,という意見もあります。しかし,生物多様性はこれまで地球に現れた生物の進化の結果であり,ヒトがヒトのために理由をつけて保全するものではないと思うのです。

 授業の中では,種への見方,種分化,系統の考えを織り交ぜながら,生物多様性の保全について考えています。生物多様性の保全の問題は「雲の上の話」ではありません。裏山や,隣の空き地や,近くの池の問題です。空き地が無くなったら,そこで世代交代していた昆虫の生息場所が無くなります。池に違う地域からの魚を持ち込めば,その地域で形成されてきた遺伝的な構成を攪乱することになります。生物多様性の問題に立ち会う時には,そこにいる生物の来歴や今後の進化の可能性に思いを馳せることで,始めて保全対策の方針が見えてくるのではないでしょうか。

  • 写真(エゾクロクモソウ)

    写真(エゾクロクモソウ)

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