病気における遺伝子と環境の役割:小児四肢疼痛発作症

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〈医学部〉小林 果(講師)

 人間の健康には生まれ持った遺伝子と自分を取りまく環境の2つが共に重要な役割を果たしています。病気においても,遺伝子は病気のなりやすさを決め,それに加えて,環境が病気になるかどうか,どんな症状が出るかに影響しています(図1)。ここでは1つの例として,小児四肢疼痛発作症という我々の研究グループが最近見つけた子供の痛みの病気をとりあげて,遺伝子と環境の病気へのかかわりについて紹介します。

【図1】人の病気における遺伝子と環境の役割
【図1】人の病気における遺伝子と環境の役割

 この病気は,よく泣く子供(日本では古くからそうした子供を「疳(かん)が強い」と言っていました)に注目したことがきっかけで発見されました。調査により疳が強い子供たちの一部では乳幼児期の手足の痛みが原因となっていることが分かり,そうした子供たちには,① 乳幼児期に痛くなる(急に泣いたり不機嫌になったりする,言葉が話せるようになると「痛い」と訴える),② 手足の関節に発作的な痛みが起こる(15-30分続き,月に10-20回起こる),③ 青年期以降は痛みが軽くなる,④ 寒さや悪天候(低気圧,台風など)で痛くなる,⑤ 親族にも同じ症状,という特徴が共通してみられることが分かりました(図2)。

【図2】小児四肢疼痛発作症の特徴【図2】小児四肢疼痛発作症の特徴

 親族に同じ症状が見られる点から原因となる遺伝子が存在すると考え,いくつかの家系の患者さんにご協力を頂き,遺伝的な解析を行って原因遺伝子を探す研究を行いました。その結果,患者さんは痛みを伝える神経の機能に重要な役割を果たすSCN11A遺伝子に変異(まれな遺伝子の変化)を持っていることが分かりました。さらにこの変異を持ったマウスを用いた実験で,この変異が痛みを伝える神経を過剰に興奮させ,痛みを感じやすくさせることを証明しました。原因遺伝子が同定されたことで,この病気が今まで見過ごされていた遺伝性疾患であることが明らかとなり,新たな子供の痛みの病気として「小児四肢疼痛発作症」と名付けました。

 この病気はまだ見つかったばかりで,日本にどれくらいの患者さんがいるのか分かっていませんが,研究発表後に小児科医や患者さんのご家族からのご依頼で遺伝子検査を行い診断がついたケースが何例もあり,潜在的な患者数は比較的多いと考えられます。現在,実態を把握するための全国調査を進めています。

 小児四肢疼痛発作症の患者さんの多くは,寒さや悪天候で痛みが出たり,ひどくなったりするという症状を訴えます。天候,特に低気圧や台風の場合には「天気が崩れる前から」痛みを感じるケースも少なくなく,まるで天気予報のようだと表現されるご家族もいました。この点から,小児四肢疼痛発作症は生まれ持った遺伝子が痛みの感じやすさを決めるのと同時に,気象環境(温度・天候)が痛みの症状に大きな影響を与えていることが分かります(図3)。しかしながら気象との関係も含めて痛みが起こるメカニズムには不明な点が多く,治療薬もまだありません。今後の研究により,病気のしくみの解明や治療法の開発が期待されると共に,遺伝子に注目するという新たな観点から「気象と病気の関係」への理解が深まっていくと考えられます。

【図3】小児四肢疼痛発作症における遺伝子と環境の影響
【図3】小児四肢疼痛発作症における遺伝子と環境の影響

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